2008年01月11日

金春安明“無所謂”日記

久しぶりに物置に入りました。理由は卒論探し。
明け方、関西大学の奥村先生にメールして寝たら、今日の午後、お返事を頂きました。
夕べの私の“酔眼朦朧・不謹慎日記”、『関西大学……オネダリ……』にも書きましたように、奥村先生の研究と、私の24ヶ月にわたる卒論は、題材が同じなのです。
そこで明け方、身の程知らずにも“私の卒論をコピーしてお送りします。”などとメールしてしまい(大学のパソコンに送信したので、明け方に先生を起こしてしまう心配は無し)、昼過ぎに先生から、丁寧なお返事をいただいたわけです。
四年生の秋、『唐話纂要』についてヤッツケ仕事で書いて見事に落第した「ボツ論文」と、二年目に研究対象を『唐訳便覧』に切り替えて、タイムスケジュールも練り直してヤットどうにか卒業できた方の論文と、去年の暮れまで一階の書庫に有ったはずが、無い!
アチコチ家探ししても卒論は出てこず。その代わり、中学の時、自分で試訳した『故郷』の単語帳とノートが出て来ました。「翻訳開始1967,5,12 翻訳終了1967,9,11   3−3,17  金春安明」とあり、中3の時の事と解りました。
問題の原文(文字改革出版社注音本・光生館複製発行の『注音中国語テキスト』)“我 想: 希望 是 本 無所謂 有,無所謂 無 的。”は私のノートには、今から見るとなんとも稚拙に“私は思った:希望とはもともと言わない所にあって,言わない所にはないのだ。”と訳してあって、もちろんこれではダメ。単語帳も最後は「眼前」・「展開」で終わっていて、「無所謂」は書いてありません。
1月8日のブログ『無所謂という言葉』にも書きましたように、当時は資料も貧弱でした。辞書の不備のほか、テキストも、1958年頃の「ピンイン」ローマ字制定まもなくの原本を1960年に複製し、1965年第6刷の物(1966、11、19 極東書店ニテ購入と記入してあります)で、中国の旧字体と簡体字が混ざっている上、ローマ字の声調表示が、1960年代以降の「原調表示」でなくて、「変調表示」(ピンイン制定まもなくの試行錯誤期の名残か)になっているなど、時代遅れなテキストでもありました。(変調表示のため、単語帳にも、辞書を引く時に迷ったり苦労した痕があります。)
「家捜し」のもう一つの収穫は 『岩波中国語辞典』が出て来た事。俗に言う「倉石辞典」。1963年9月16日第1刷発行 1967年4月20日第3冊発行。1969年1月9日に購入した物。
この「倉石」は今日でも価値を失っていない優れた辞書ですが、いま引いてみたら、ちゃんと、「wusuowei=無所謂 形容詞。雅・俗のランク:上の1(ラジオ・テレビ・講演などではなされることば)。訳文:格別どうということはない.例文:“ni shi zancheng a,haishi fandui?”“wo wusuowei”(「ni是賛成a,還是反対」「我無所謂」)=“君は賛成かそれとも反対か”“僕はどちらでも”.1963年に岩波はこんなすばらしい辞書を出していたのでした。この猫、表情が「無所謂」って感じで、私の趣味。猫
posted by 金春安明 at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 能と音韻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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