【能と音韻の最新記事】
2009年05月29日
新しい投稿はしませんが、以前に投稿した記事を削除する事もしません。
長期間投稿しなかったら、Seesaa本部から通知が来ちゃったもので。新しい投稿をしたら休眠ブログへの通知が消えると通知に書いてあったので、久しぶりに投稿したまでです。
2008年07月01日
2008年04月25日
公人と私人
私のブログは公人と私人の区別無しに書いてきたので、シテ方金春流宗家の立場上、今後はいかがな物か、それに、ブログに不用意な事を書くと悪用される恐れ有り、とご心配下さる方が有り、誠に尤もで、金春流の歴史を背負って行く立場として、今後は『金春月報』その他、色々な場所に書くチャンスが私には与えられているのですから、今後は、そちらに書く事にします。今まで御愛読、心のこもったコメント、有難うございました。また、今まで私は色々な方のブログやホームページにコメントを書き込んだりして来たのですが、今後は辞める事にしました。今までの書き込みを削除なさる必要は有りません。自由な立場の皆様のホームページやブログの発展をお祈りしております。学習院院歌の最後の歌詞は「とこ(常)照らせ、真理と平和」です。この、私の最も愛する言葉を皆様に捧げ、私はブログの筆を折ります。有難うございました。
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2008年04月23日
Wikipedia
ウィキペデイアに私が1952年生まれと本文では正しく書いてあった物の、関連索引欄に「1959年生まれの能楽師」に分類されていました。多分、初舞台の年と混同したのでしょう。パソコンを散散いじくりまわし、やっと訂正したのですが、今日、関連ページ、つまり、「シテ方金春流欄と囃子方金春流欄とを統合するか分離するか」と言う話題の所に「書き込みが有った貴方は本当の金春宗家ですか?」と言う問い合わせ有り。私はただ自分の生まれ年を訂正しただけなのに。そこで、「統合・分離は其方の自由」と書き込もうとしたのですが、パソコン音痴の私の悲しさ、どうしても書き込めませんでした。大体、私(投稿者)が本物であろうが偽者であろうが、ちょっと関連資料に当れば、金春安明が1952年生まれという事はすぐ判るのに。それとも、誰かが別の項目に私の名前を騙って「欄の統合・分離」に関して何か書き込みでもしたのでしょうか?私は「欄の統合・分離」については何も書いてません。
2008年04月21日
円満井会定例能が済んだ
女性の地謡でシテを舞う事、それも、春日・藤原氏に関する、金春流にとって大切にしなくてはならぬ能。それに加えて憲和の仕舞『春日竜神』は、春日・興福寺に参勤する金春家にとって、プレッシャーのかかる曲ですし、実際に型が難しい。なんとか二人とも大過なく出来たからよかったものの、どっと疲れました。
2008年04月20日
2008年04月17日
2008年04月12日
朝日のまともな記事・田原の続き
2008,04,12(父の誕生日です)の朝日新聞夕刊(東京本社版、4版、2ページ)の目立たぬ片隅に、【ブエノスアイレス=石田博士】の記事で、現地の中国人青年の「世界は欧米メディアの言い分ばかり聞き、中国の説明に耳を傾けない」という声が載っていた。脱亜入欧の大メディアにしては珍しくまともな記事だと思い、ブログに書こうと、パソコンを開く過程で出てくるMSN Japan 4月12日(土)のトップページの見出しに“田原総一朗『靖国』を擁護”とある。ちょっと目を疑って、詳細記事を読んだら、“自民党が上映反対の圧力をかけている、韓国人監督による『靖国』という映画、その映画の上映をを田原総一朗が擁護している”という意味だったのでした。二重鉤カッコでくくって『靖国』としてあったのは、靖国神社そのものではなくて、“Yasukuni"という映画の事だったのでした。なーんだ、それなら文脈として通ります。

